「★狂気の贄」
第三章 新たなる贄

狂気の贄 26

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26 奔流する憤怒




 かくて、予期せぬ乱入者によって、修記郎は辛くも異母弟の追求から逃れ得た。
 だが救世主たるテレシラは、既に部屋を後にして久しい。
 退室する際、彼女は引き続き修記郎の側にとどまろうとする龍一も一緒に連れて行ってくれた。
 龍一は大切な弟で、その再会は望まぬものではあったが確かに喜ばしいものだった。けれども彼が長い間裡(うち)に秘めていた己への倫(みち)ならぬ想いが、どうしても姉弟二人、純粋に喜びを分かち合うことを妨げる。今は暫く、距離を置いたほうがいい。


(疲れた……)


 重い吐息がこぼれ落ちる。一時(いちどき)に色々なことがありすぎて、頭が現状を処理しきれない。
 修記郎は座りこんだ革張りのソファの背凭(せもた)れに、ぐったりと額を押しつけた。


「――失礼いたします」


 ノックがあり、扉が開く。声音から、ヴィルヘルミナとか呼ばれていた例のあの近衛騎士が来たのだと判ったが、わざわざ気だるい首(こうべ)をめぐらせてまでその忌々しい姿を確かめる余力はない。


「…お加減が優れないのですか? よろしければ医師をお呼びいたしますが」
「…」
「御義弟君におかれましては、王女殿下のお取り計らいにより一旦、神殿にお下がりになられました。ご心配には及びません」
「……」


 王より言い含められてか、慇懃ながら事務的な報告しか吐き出さない騎士を、鬱陶しげに一度だけ一瞥する。かの王妹姫の執着を思えば、元より龍一の安否は案ずるべくもない。

 そも、この男、一体何がためにここに来たのか。
 仮に王より龍一の処遇を修記郎に伝えるよう命ぜられたとして、地位的に自身が直接出向く必要はあるまい。それとも、己が賜った王命を他の者には任せられぬという、忠犬顔負けの忠義心のなせる業(わざ)か。


「…貴様自ら伝えるよう、あの男に言われでもしたか」
「あの男、とは」
「知れたこと。魍魎どもの王――貴様ら狗の主よ」
「……」


 途端に生じる沈黙こそが、何よりの返答であった。
 修記郎は僅かばかり在った興味さえ失って、ふたたびソファに凭れた。


「つまらん男だ。貴様には自己がないのか? 何をしようにも、すべてあの男の指示と許諾が必要か。少しは己の意志で動いてはどうだ」


 用なくば去れ。そう続けようとした。
 しかし。


「――わたしにも、意志はある」
「っ、」


 さして大きくはないが、揺るぎない感情を押しこめた声が響く。
 やや驚き、顔を上げる。斜(はす)に落とされていた紫眼が、今までにない鞏固な光を帯びて修記郎を見据えていた。
 この国を支配する歪みきったヒエラルキーの重要な核をなす、頂点に最も近い者の、自身の意志宿る『眼』を初めて見た。


「当代『恩恵の巫女』どの」



 改まった真摯な態度で、ヴィルヘルミナが恭しく膝を突く。
 面喰らったまま、修記郎は何事かと反射的に身構えた。
 黄金(きん)に輝く頭が、旋毛(つむじ)の見えるほどに深々と下げられる。


「どうか貴女さまのお力をもって、ハヤ様を救ってはいただけませんか」

「…!?」


(『ハヤ』様? 誰のことだ)


 必死を隠さぬ声色が次いだ言が、修記郎の矜持を打ち砕いた。


「貴女さまの代わりに、下賤な男どもの慰みものとして監獄に下げ渡されたあの御方を、どうか今一度こちらの世界に戻して差し上げてください。陽光のごとき気高く艶(あで)やかなあの御方は、我等が頂(いただき)に君臨されるにふさわしい」
「な」
「わたしにはあの御方こそが」
「黙れッ!!」


なんだ何だ何なんだこの男は『わたしの代わりに』だとふざけるなあの女のせいでわたしがこれまでどれほど辛酸をなめさせられ不当な苦痛と屈辱にまみれてのたうち回ったのか判っているのかそもそも貴様もあの女の取り巻きのひとりだったなさぞ浅ましい男娼のごとく可愛がられて「善い」思いをしたのだろうよ『代わりに』わたしの尊厳を散々に踏みにじってな!!


「うるさい五月蝿い煩い黙れだまれダマレ貴様の言など塵芥(ちりあくた)ほどの価値もないわっ」
「…し、シューさ、」
「喧(やかま)しい! 痴れ者が、わたしの名を軽々しく口に出すな!」
「…後生です、どうか…ッ」


 縋りつこうとするヴィルヘルミナを、歪曲した右足で容赦なく蹴り斥(しりぞ)ける。痛みなど、眼も眩(くら)むような憤怒に呑まれて毛ほども感じはしない。


「よくもやいのやいのと貴様に都合のよい御託ばかり垂れ流しおって、そんなものに付き合わされていては両の耳が腐り落ちるわ! 厚顔甚だしい人非人めが……去れッ」


 もしも視線で人が殺せるのであれば、今眼前に這いつくばるこの男はきっと、人としての原型をとどめず八つ裂きにされ鮮血に染まり、最早ただの肉片と化して四方八方に爆ぜ飛散していたに違いない。

 あの男も、この男も、異母弟までも。
 この世界は何もかも狂っている――

 やがて、喧騒を聞きつけた侍従や衛兵らが雪崩をうって駆けつけ、修記郎とヴィルヘルミナを力尽くで引き離した。
 ヴィルヘルミナは屈強な男どもに数人がかりで拘束され、部屋の外へと引きずられていった。そのさまを、同じく複数の侍女たちにぐるりと取り囲まれるかっこうで終始激しく睥睨していた修記郎の双眸は血走り、見る者を戦慄させた。

 ほどなく、迸(ほとばし)る怒気に理性を焼き尽くされ、ぷつりと糸が切れたように意識を失い、修記郎はその場に倒れた。
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