「★狂気の贄」
第三章 新たなる贄

狂気の贄 25

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長らく更新が途絶えまして申し訳ございませんでした。
何とか続きが書きあがりましたので一話だけ。
次回の更新は未定です。




25 向けられた切っ先




 気が遠のくような衝撃にふらつきかけるも、未だ状況は変わらない。
 目前には、明らかに「雄」の欲を宿した異母弟の黒曜の眼。
 迫る熱とこめられた力に恐怖すら覚える修記郎は、掠める龍一の唇から必死に頸を逸らして逃げるだけで精一杯だった。

 防戦一方を強いられる現状は修記郎の好むところではないが、相手は曲がりなりにも血の繋がった弟である。――そう、幼少のみぎりより憐れみ、可愛がってきた「弟」であるがゆえに、徒手格闘にうったえて斥けるには少なからぬ躊躇いがあった。
 まして今は右脚の不自由もある。加減がきかず、万にひとつでも怪我などさせようものなら、好むと好まざると自責の念に駆られるだろうこと請け合いだ。そして遂には拒み切れず、否が応なく受け入れざるを得なくなる――。

 そんな姉の心情を見透かした上で、あえて強硬手段に打って出たのだとしたら。

 …いや、龍一は決して、腹の探り合いができるような計算高い男ではない。ない、はずだ。儚げに微笑む花貌の裏に押し殺していた一切知らざる荒々しい「男」の顔をこれでもかと見せつけられ、突如として混迷の淵に叩き落された修記郎は、弟がどんな人間だったのか、その記憶の断片すら思い出せなかった。


「逃げないで、姉さん」

「――ッ」


 油断した。

 その華奢な細腕の一体どこにそんな力があるのか、逃げ疲れて動きが鈍った一瞬の隙を突き、頭を両手でがっちりと固定されてしまった。間髪要れず覆いかぶさるように上から荷重をかけられ、完全に退路を断たれる。修記郎は背筋を駆け抜ける絶望に身震いした。


「姉さん…」


 うっとりと熱情のこもった吐息をこぼし、龍一がゆっくりと顔を傾けてくる。


 駄目だ 駄目だ よせ龍一 厭だ やめろ
 わたしに実の弟とまぐわう趣味などない


 恐慌に陥った叫びは吐き出される場所を持たず、これ以上の回避は不可能だった。


 なすがまま唇が重ねられようとした、その寸前。


 ――バァン


「!」

「リューイ!」


 勢いよく開け放たれた部屋の扉と、響き渡る甲高い若い女の声が激しく鼓膜を打ちつけ、側頭に添えられていた手から瞬間的に力が抜ける。

 今だ――と、ここぞとばかりにその手を振り払い、龍一の身体の下から這い出した修記郎の視界に飛び込んできたのは、燃え盛る焔のごとく艶やかな赤毛も眩い、すらりとした長身の美姫であった。


「――」


 途端に、龍一は舌打ちせんばかりに忌々しげな表情をその美貌に刻んだ。初めて見る異母弟の粗野とも言える一面に、修記郎はまたしても愕然とする。
 いつも穏やかな、それでいてどこか弱々しい微笑をたたえるばかりだった霞のごとき過去の面影からは想像もつかない豹変。何が異母弟をここまで変えてしまったのか、見当もつかない。


「――ここに、いたのね。あぁ良かった…」


 修記郎の存在も、龍一の不機嫌も、何もかも意に介さぬ様子で、赤毛の美姫は感極まった態で豪奢なドレスの裾を翻し、一直線に龍一の薄い胸に抱きついた。一方、龍一はというと、取り立てて振り払いも、積極的に受け止めもしなかったが、形のよい柳眉は険しくひそめられ、見下ろす黒眸は心持ち鬱陶しげな感情を孕んでいるように見えた。


(一体何者なのか)


 扉の外に眼を向ければ、見張りとして配置されていた兵士数人が、おのおの苦しげな呻き声をたてながら無惨に床に転がっていた。それが今、眼の前で甘えるように異母弟に抱きついている美姫の仕業であろうことは疑いようがなかった。


「お兄様の命令で呼ばれて行ったと聞いて、何事かあったのではと心配していたのよ」

「…そうですか。どうも、ご心配をおかけしました」


 ですからもう離していただけませんか。


 心のこもらない、おざなりな口先だけの礼を述べ、龍一は冷えた眼つきで美姫の身体を引きはがす。そして同じ手で、距離を置こうとする修記郎の両肩をやんわりと、しかし確実に掴み、とろりと蕩けそうな眼差しを向けながら優しく立ち上がらせた。

 直後。

 ――ギロリ。と、突き刺すような視線で、修記郎は激しく睨みつけられた。
 生半可な人間なら肝を冷やして逃げ出すような、憎悪すら感じさせる眼光だった。


「…その方は」


 妬心と敵意むき出しの碧眼は、進み出た龍一の背に隠れて、すぐに見えなくなった。同時に、肩に回された腕にぐっと力がこもり、修記郎は小さく顔を歪めた。


「僕の義姉です。前に貴女にも話したでしょう」

「――ええ。それはすぐに判ったわ。リューイと同じ黒い眼、黒い髪……そんな人間、この世界では他にお目にかかれないもの。リューイの国では、ごく一般的なものらしいけれど」

「では、義姉を蔑ろにするその態度を、早々にやめていただけませんか?
 僕にとって義姉は、この世の何よりも――僕自身の命よりも遥かに大切な存在なので」


 愛想の欠片もない刺々しい声音で、龍一は言う。


「義姉は、貴女が突然現れたので、とても驚いて、怯えているんです。ただでさえ、いい思い出などひとつもない場所に無理やり連れて来られて、精神的に酷く消耗しているところなのに…。…これ以上義姉をわずらわせないでください」


 わずらわせているのはおまえのほうだ、と修記郎は思わず心の中でわめく。つい先刻、多大な精神疲労の素(もと)をこれでもかとばら撒いておきながら、自分のことは棚に上げて、よくもそんなことが言えたものだ。
 …が、美姫にとってそれは、聞き逃せない脅しとなったようだった。


「っ」


 一気に蒼白になり、堪えるようにきゅっと一の字に引き結んでいた朱唇をわななかせる美姫は、それでもその眼に明らかな雫を浮かべることはない。必死にそれを耐えているようでもある。矜持の高い、気丈な女人だ、と修記郎は密かに感心する。
 この美姫は、明らかに龍一に好意を抱いている。それも恐らく、並大抵の想いの強さではない。それほどに熱愛する想い人から冷淡なまでにすげなくされてなお、泣きも詰(なじ)りもしない。郷里(くに)で見てきた女とは、筋や芯の通り方が違う。

「……わたくしが、悪かった、わ。だから、わたくしを許して。わたくしを嫌わないで、リューイ。お願いよ」

「謝る相手が違います。貴女が許しを乞うべきは、僕ではなく義姉でしょう?」

「…ッ」

「――もう、やめろ。龍一」


 見かねて声をあげると、潤んだ碧眼が強い光を取り戻し、キッと修記郎を睨み据えた。
 相当な気の強さだ。きっと、生来からの筋金入りの。
 弱みを見せまいとするその勝気な姿勢は、決して悪くない。むしろ、自他ともに女々しさを嫌う修記郎の中では、かなり好ましい部類に入る。
 但し、このつんけんした嫌われ具合では、親交を深めるのは無理そうだ。向けられるきつい視線と真っ向から向き合ったまま、修記郎は少しばかり残念に思う。

 ほどなくして、美姫は薄く息を吐き出し、瞑目した。一度ぐっと唇を噛みしめ、ひどく渋りがちに口を開く。


「…挨拶が遅れて、大変失礼したわ。初めまして。わたくしの名はテレシラ。このヴェスタ王国の第一王女で、神殿の上位術士よ。あなたがシュー……お兄様の『恩恵の巫女』ね?」


 無理やり感情を抑えこみ、もろもろを呑み下した低い声で言い終え、ゆるゆると瞼を押し上げた美姫――王妹テレシラは、先ほどまでの取り乱した姿を微塵も感じさせない流麗な所作で、それでも依然敵意の色濃く残る眼で修記郎を見返した。
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のぶにゃが 様

返信遅れてすみません(汗)
コメントありがとうございます!

修記郎の受難はまだまだ続きますが、ひとまず窮地は脱しました。
次の更新は未定ですが、放棄したわけではございませんので、気長にお待ちいただければ幸いです。

赤南のみならず拙いオリジナル駄文にまで目を通してくださる、貴女様こそ女神でございます…ッ!
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