「☆お題」
・君の手の内で踊る 5題

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交互視点で進みます




1.恋心を煽る君の眼差し



 どうやらわたしには、会話の最中相手の眼を凝視する癖があるらしい。
 それも、己の意思に関係なく、自然と見据えてしまうのだ。
 そのせいで、知らぬ内に相手に威圧感を与えることになり、いつもなかなか親交を深められずに終わることが多い。多少哀しくもあったが、仕方がないと諦めていた。





 しかし、今わたしが卓を挟んで向き合っている金髪の異国人は違う。

 彼は何を喋るでなく、終始ただじっとこちらを見つめてくる。
 物言いたげという訳でもなく、はたまた猜疑を抱いている気配もない。本当に、只管(ひたすら)深い海底(うなぞこ)色の双眸で真っ直ぐに見返してくるのだ。

 わたし自身も決して口数の多い方ではない為、必然的に無言のまま見合うことになる。
 但し、いつまでもこの状態のままでいることは不可能なので、会話の突破口はわたしが開くのが常だ。

「――本日も、軍で武術の鍛錬をなさるので?」

 食事の手を止めて尋ねると、彼は静かに瞬(またた)き、微かに頷く。

 彼はこの国の全軍を率いる総帥だ。細身ながらも充分に屈強な肉体は、その職務上必要不可欠なものであろう。
 わたし自身も、ついひと月程前まで最前線に立っていた軍人のひとりであったから、敵と対等に戦火を交えるに足る逞しい体躯の重要性はよく判る。
 わたしより五つも歳下でありながら軍部のトップに立つとは、彼は余程優秀な指揮官なのだろう。

「是非訓練風景を見学致したいところだが……、やはりお見せ願えぬか」

 言った途端に、切れ長の青い眼が更に鋭利さを増す。わたしは落胆とともに口を噤(つぐ)んだ。

 ――いかに情に篤い好人物とはいえ、己の屋敷の前でフラフラしていた見るからに怪しげな人間に対し、軍事機密に繋がるかもしれない軍の内部への立ち入りを許す筈がない、か。

 右も左も判らず路頭に迷っていたところを拾われ、衣食住まで提供して貰っている居候の身としては、これ以上彼に迷惑を掛ける訳にはいかない。
 そう考えれば、やはり早いうちに――いっそのこと、この後すぐにでも――ここを出て行くべきだろう。





「――お気を付けて」

 身支度を終え、広い玄関の前に立った彼に向かって小さく微笑む。
 この時、彼はいつも眼を細く眇(すが)め、「行ってくる」と一言だけ返してくれる。
 これも今日限りかと思うと感慨深いものがあるが、決意が揺らぐことはない。

 閉じられた扉の前で息を吐くと、わたしはすぐさま屋敷を立ち去る準備に取り掛かった。






〈side-he〉



 夕刻。彼は時間を気にしつつ、自然と浮かれる感情を抑えながら屋敷に帰りついた。
 …が、いつも曇りのない澄んだ黒曜石の双眸を穏やかに微笑ませて出迎えてくれる彼女の姿はどこにもなかった。
 彼は柳眉を顰(ひそ)め、広い屋敷中を隈なく捜し回った後、自分の書斎に戻った。

 書斎の中、隅の壁際で申し訳なさげに項垂れている敏腕の老執事に視線を向けると、そっと一枚の用紙を差し出された。折り目正しく丁寧に畳まれた手紙を広げると、少々右上がりに書かれた特徴的な文字に、彼女の筆跡(て)だと判る。

 彼は一読するなり、再び執事に視線を戻した。
 若主の射るような視線に萎縮しながら、執事は噴き出る冷や汗を幾度もハンカチで拭う。

「その、大変申し上げにくいのですが…。どうやら、人目につかない時間帯を見計らって出て行かれたご様子で、どちらに向かわれたのか杳として掴めません」
「……」

 彼は顎に手を当て、端正な面を伏せて黙り込んだ。
 さして表情に変わりはないが、幼い頃から仕えてきた執事には、彼が最上級で落ち込んでいることがよく判った。

 言葉数が少なく、表情もそう変わらない為、ともすれば血も涙もない冷血漢に見られがちな彼であるが、人並みに感情はある。――ただ、それを表現する方法に乏しいだけであって。

 手にある書面に今一度眼を通し、彼は眉間に皺を寄せて唇を引き結んだ。






 ひと月前、ぽつねんと不安げに屋敷の前に立っていた彼女。
 血と粉塵で汚れた奇妙な服装に、一瞬男だと勘違いしそうな程に短い黒髪、見慣れぬ風貌。しかし、その漆黒の双眸に宿っていたのは紛れもなく正常で理知的な光だった。
 何か惹かれるものを感じて、そのまま彼女を屋敷に引き取った。

「――保護していただいたことは有難いが、貴官のご迷惑になりは致しますまいか」

 幸いなことに言葉は通じた為、彼女との間の意思疎通には事欠かなかった。

 彼女は開口一番、自分の身よりも真っ先にこちらのことを気に掛けてくれた。
 王宮において、常に保身的で狡猾な輩と渡り合ってきた彼は、すっかり忘れていた気遣いというものを思い出し、じんわりと心が温かくなった。

 それからというもの、屋敷に彼女がいると思うと、職務中にも関わらず一切の任務を放り投げてさっさと屋敷に帰りたくなった。
 彼女の真っ直ぐな眼に、いつまでも見つめられていたい。

 訓練風景を見たいと申し出た彼女に、いっそのこと軍にいる間も傍に置いておこうかとも思ったが、それでは常日頃から公私混同をせぬよう部下らを戒めている身としては示しがつかない。
 何より、彼女を他の男の眼に晒(さら)すなど、到底我慢出来なかった。

 寡黙、無表情の鬼と称され、人から畏怖されることの多かった自分と、臆することなく視線を合わせてくれる彼女。彼女の眼に映るのは自分だけでいい。

 ――そう傲慢にも思っていたせいなのか、彼女は置き手紙をひとつ残し、自分の許(もと)から去ってしまった。

 失った今、彼女の穏やかな微笑みが、声音が、その存在が、どれ程自分に安寧を与えていたか知れない。






「…戻る」
「は?」
「おれは軍に戻る。万が一彼女が戻って来たら知らせろ」
「え、あ、あの、旦那さま!?」

 逐一説明している暇はない。一分一秒でも時間が惜しい。
 彼は仰天の声を上げる執事に背を向け、再び紺碧の外套を纏い、金の髪を揺らしてカツカツと大理石の通路を歩き出した。



 ――己の指揮する軍直属の捜査機関に緊急出動命令を下し、一刻も早くいなくなった彼女を見つけ出す為に。
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