「☆お題」
・敵味方の恋の形 10題

02×焦がれ焦がれて、引き裂かれて

 ←【牛猿】がまんできなくて、 →【牛猿】サラリと言わないで欲しい
ヴィクサー視点で、過去の話。

※追記※
平成25年12月18日(水)23:34 改稿








 要と出会ったのは、ヴィクサーがまだ八つのときのことだ。




 ハーツォグ王である父の手に引かれ、大陸を縦断する峻厳な山脈をはるばる越えて、初めて泰東の地を踏んだ。
 行き帰り合わせてひと月半もの長旅のうえに、人生初となる未知の東方への遠出とあって、日ごろ英邁なる神童と謳われながらも多分に好奇心旺盛な年齢であったヴィクサーは、珍しくも歳相応の少年らしく、まるで大冒険でもしているように毎日わくわくと胸を躍らせたものだ。




 国を出発して三週間。
 幾つもの国境を通過し、ようやく目的地の和国皇宮に到着した。


「覇国王陛下、皇太子殿下、ならびに随伴の方々。遠路はるばるようこそお越しくださいました。皇におかれましては近ごろご体調がかんばしくなく、代わって現在和国の内閣総司をつとめておりますこの不肖高村が、このたび出迎えの大役をおおせつかった次第です」


 居並ぶ人々のなかでもっとも高官だと思われる老官僚が前に進み出、先導に立った。

 道中もそうだったが、ここは右を見ても左を見てもどれもこれもすべてが不思議で、いっそう興味を掻き立てられた。眼に入るもの全部が気になってしょうがない。
 ヴィクサーはキョロキョロと周囲を見回しながら、父王の横について白亜の回廊を歩いた。


「われらが皇はこちらにてお待ちです。わざわざご足労いただき、深く感謝いたします」

「ああ、気にするな。形式にさしてこだわりはない」

「調印には皇太子殿下もご同席なさいますか。皇はいっこうにかまわないとおおせですが」

「……いや、これは連日はしゃいで夜もろくに眠っておらぬゆえ、先にやすませて欲しい」

「承知いたしました。それでは皇太子殿下、どうぞこちらへ」


 父王と別れて案内されたのは、皇宮と同じくやや西方風の建築様式が際立つ迎賓館。
 もうもうと黒煙をあげて軌条を走る鉄道の車窓から見た純和風の家屋も好きだが、これはこれで違ったおもむきがあっていい。


「こちらが当方でご用意させていただいた皇太子殿下のお部屋となります」

「…わあ…」


 東西の文化がほどよく調和する簡素だが品のいい客間に、ヴィクサーは思わず歓声をあげて見入る。
 が、ほほえましげな老翁の視線に気づき、あわてて表情を引き締めた。


「ご滞在なさるあいだ、皇太子殿下の身のまわりのお世話をする者をご紹介いたします。
 ――戸倉士官」

「はっ」


 明朗な返事とともに、十代なかばごろの少女が戸口に現れた。
 肩までできれいに切り揃えられたまっすぐな黒髪と、凛ときらめく意志の強そうな漆黒の双眸が印象的だった。
 ヴィクサーの眼はたちまち、少女に釘づけになる。


〈父上が持っている和国の絵巻物に描かれた女の子が、そっくりそのまま出て来たみたいだ〉


「これよりこの者を女中代わりにお使いください」

「戸倉要と申します。ご用向きがございましたら何なりとお申しつけを、殿下」


〈…あれ?〉


 紫の眼をかがやかせ、興味しんしんで少女のそばに駆け寄ったヴィクサーだったが、少女が口を開いた途端に違和感を覚えて、内心頸(くび)をかしげる。
 女中の恰好をしているのに、きびきびとした所作と少女らしくない角張った物言いが、どこか堅物な軍人を思わせるからかもしれない。士官、と言っていたから、あながち外れてもいないだろう。


〈ま、いっか〉


 幼いヴィクサーはさして気にとめず、早々にその思考を切りあげた。
 わけの判らない違和感よりも、眼の前にいる和国の少女への純粋な好奇心のほうが圧倒的にまさったので。

 先刻「タカムラ」と名のった老官僚は一礼ののち、すでに客間を辞しており、広い部屋のなかはヴィクサーと少女の二人きりだ。つまり、気にすべき人目はもうない。
 皇太子の皮を脱ぎ、ここぞとばかりに問いを投げかける。


「えーと、トクラカナメ……だっけ?」

「はい。戸倉が姓で、名が要です」

「カナメ……じゃあカナだな! おれはヴィクサー。ヴィーって呼んで」


 手を取って屈託なく笑うと、少女――要は一瞬驚いたように眼を見開き、ふっと頬をゆるめた。


「…はい、ヴィー殿下」

「ヴィーでいいってば」


 ぷくっと唇をとがらせて不満顔をしてみせても、要は聞き分けのない子どもをあやすようにやわらかく微笑むばかりで、終始『殿下』の尊称を取り払おうとしなかった。

 こうして和国に滞在しているあいだじゅう、ヴィクサーは何かにつけて「カナ、カナ」と要を呼びつけ、かたときも己のそばから離さなかった。






 期間にして一週間ほどの滞在のさなか、友好国同士の文化交流という名目のもと皇都市中に出向き、和国の神を祀る社殿を訪れるという機会があった。


「皇太子殿下におかれましては、戸倉士官をたいそう気に入っていただけたごようすで」


 予定に沿ってまず神楽の奉納を鑑賞し、次に境内をめぐりながら宮司による社殿のあれやこれやの解説が始まって間もなく。
 皇の名代で一行に随伴していたタカムラ老が、眼を細めながら腰を折り、ヴィクサーにそっと耳打ちしてきた。

 彼にならい、ヴィクサーも手を繋いでいる要に聞こえないよう、爪先立ちになってひそめた小声で答える。


「うん。おれ、カナのこと大好きだ。カナを女中に選んでくれてありがとう」

「いえ、それならばよろしゅうございました」

「…お二方とも、いったい何を話しておいでなのですか」


 ひそひそと話しこむ両人に、要が怪訝そうに眉をひそめる。


「気になるかね。…いやなに、内輪の話だ」

「そう、男同士の秘密さ。だからカナにはナ、イ、ショ」

「――?」

 尚もいぶかしがる要を横目で振り返り、老人と少年――それも祖父と孫ほども歳の離れた男二人は互いに顔を見合わせて、いたずらっぽく笑みを交わした。






 やがてやってきた出国の日。
 ヴィクサーは力いっぱい要にしがみついて、かたくなに離れることを渋った。


「いやだ! カナもいっしょじゃなきゃ帰らないっ」

「ヴィクサー、年端のいかない子どものように駄々をこねるのはやめろ。ハーツォグの皇太子ともあろう者がみっともないぞ」

「父上ぇ…!」


 頭では、これ以上ごねても無駄だと判っている。みっともない真似をしている自覚もある。
 それでも「もしかしたら」「ひょっとしたら」という奇跡にも似た期待に一縷の望みをかけ、懇願をやめない。


 普段のヴィクサーは、みなまで言わずともすべてを理解し、あまつさえ相手の望むことから更に一歩も二歩も先回りした言動をやってのけるほど怜悧で聞き分けがいい、いわゆる「よくできた聡い子ども」だった。
 だが、それゆえに同年代の子どもと比べればやや感情を抑えがちで、父王はつねづね若干の危惧を抱いていた。
 …それが、一体どうしたことか、この変わりようは。
 今回、道中から滞在期間中にわたるまでずっと見せてきた、八つという年齢に見合った、演技ではない本物の無邪気で楽しそうなさまは、本当に貴重なもので。そんな息子が初めて子どもらしいわがままを見せたことが父親として非常に喜ばしくもあり、されども国政を主導する王としてはそのわがままを叶えてやるわけにはいかず。
 父王はすっかり困り果てた顔で溜息をはいた。


 一方の要も、困惑と苦笑の入り混じった複雑な表情を浮かべて、眼元と鼻先を赤くしてぐずるヴィクサーの金の頭をそっと撫でてさとすだけに終始した。


「申しわけありません、ヴィー殿下。わたしはこの国の臣民で、軍部のいち士官です。ですので、どうあってもここを離れるわけにはいかないのです。なにとぞご理解ください」

「やだっ! 絶対いやだっ! カナも連れて帰るんだぁっ!」

「殿下……」


 ヴィクサーは意地になってますます強くしがみつく。
 こうなれば持久戦だ。


〈カナがいっしょに行くと言ってくれるまで、何が何でも離すもんか!〉


「わたしごときをこれほどまでにお慕いくださるヴィー殿下のおこころは、たいそう嬉しく思います」


 落ちついた穏やかな声。要の両腕が抱擁するようにふわりと背にまわされ、ヴィクサーは顔をあげた。
 まっすぐに見つめてくる黒眸に一気に期待が高まるが、すぐさま打ち砕かれる。


「ですがやはり、お申し出をお受けすることはできません」

「どうして…ッ」

「わたしが和国に仕える武官で、殿下が覇国の次期国王だからです」

「それの何がいけないんだよぉ…」


 ふたたび顔をくしゃくしゃにして唇を噛みしめる。そんなの全然納得いかない。
 いつもの大人顔負けの冷静さと判断能力を欠いたヴィクサーには、要の言葉が筋の通らない単なる言い訳にしか聞こえない。

 自分が今、悔しいのか、悲しいのか。それとも怒っているのか。
 制御できなほどに感情が昂りすぎて、それすら判らなくなっていた。


「和国にも、そして覇国にも。わたしを本国に随行させたいというヴィー殿下のご意志を受け入れられぬ事情があるのです。物事には万事、道理というものがございますれば……どうかお聞き入れください、ヴィー殿下」


 軍属であるせいか、女にしてはやや節くれだった指先で、やさしく頬を伝うしずくをぬぐわれる。
 この温もりと離れなければならないのだと思うと、また新しい涙があふれ出てくる。

 どうして。
 何が、いけないと言うのか。


「カナは、おれが…き、きらい、なのか」

「いいえ、違います。そうではありません」


 きっぱりと否定した要は、膝を突いてヴィクサーと同じ目線になり、その小さな両肩に手を置いて語りかける。


「ヴィー殿下。ただ今の御身には少しばかり難しい話やもしれませんが、それでもどうかお聞きくださいませ。
 ――あなたさまのこの双肩にかかるものは限りなく大きく、また重い。しかれども、それがいかに投げ出したくなるほど苦痛な重荷であろうとも、絶対に負うことから逃れようとはなさるな。上辺だけの讒佞のやからの誘惑には決して屈されますな。今、殿下がその御胸に抱いておられるお志をそのままに、御国の永き繁栄を支える礎に――延いては近隣諸国の王が治国の指標と見習うような、民に慕われるよき名君となられませ。
 そのためには、このようにわたしひとりにおこころをかまけていてはならないのです。おのおのの立場を、互いの地位というものを考えねば――聡明な殿下ならば、お判りですね?」

「…」


 難解な言葉の羅列に、言っている意味は半分も判らなかった。
 要を好きなことが、国政を担う者として適っていない? そんなのは大人の理屈だ。関係ない。


〈杞憂だ。おれは……おれなら、カナを、カナだけを好きなまま、国をよき方へと導いていけるのに〉


 しかも、いずれはヴィクサーが王位を継がなければならないにしても、それにしたって随分先の話だ。
 現王たる父はこの通り、息子であるヴィクサーの眼から見ても老いの気配など微塵もない、男盛りの壮健ぶりなのだから。

 ヴィクサーは涙目で要を睨みつけ、引き結んだ唇を不満げにとがらせた。
 一歩も引かないその様子に、困ったように眉根を寄せた要はほんの数秒、視線を斜め上にさまよわせ、それからまたヴィクサーに視線を戻して今度は少しだけ笑った。


「ですが…そうですね。もしもすべてを成し遂げられた際に、まだわたしのことをご記憶にとどめておいでであれば――。そのときにこそ、今一度、わが国においでください。そしてわたしに、ご立派に成長なさった殿下の雄姿をお見せくださいませ。遠く東西に国をへだててはおりますが、この戸倉要、殿下のご活躍を心より楽しみにしておりますよ」

「…うぅ~…」


 曲がりなりにも男として、好いた女からそこまで言われてしまっては、もう引きさがるしかなかった。

 幼いながらになかなか骨のある男の矜持を有していたヴィクサーは、袖でぐいっと涙をぬぐい、好きで好きでたまらない要からとうとう自らの手を離した。




 しかし、車中の人となって尚、名残惜しさは尽きず。
 父王と相(あい)乗る馬車の小窓から何度も後ろを振り返り、そのたびに声を張りあげる。


「カナ、おれ、必ずおまえに会いに行くから…っ! だから絶対待ってろよっ」

「はい」

「約束だからな! 忘れるなよ!」

「はい」


 じょじょに皇宮が遠くなる。要の姿が小さくなり、やがて返事も聞こえなくなる。
 豆粒大ほどの大きさになった距離から、ヴィクサーは最後にありったけの大声で叫んだ。


「カナーッ、大好きだーッ! いつかおまえを妃に迎えにいくからなーッ!」


 最後の叫びに対する返答は果たして「はい」だったのか、それとも違う言葉だったのか。
 確かめるにはあまりに要から離れすぎていて、ヴィクサーは開け放った小窓から皇宮のほうに顔を出したまま、しばらく湧き上がる切ない寂寥を噛みしめていた。




 ――それからしばらくして。
 肌触りのよいフカフカした壁面に力なくもたれて俯いていると、やれやれといったふうに口元をゆがめた正面の父王から、額をぺちりとはたかれた。


「ませガキが…」


 乱暴な口調のわりには、小突かれた額にさほど痛みはなかった。










 御国の永き繁栄を支える礎に――延いては近隣諸国の王が治国の指標と見習うような、民に慕われるよき名君となられませ。

 要はもう忘れているかもしれないが、あのときの言葉は、今やヴィクサーにとってそっくりそのまま将来を決定づける尊い神託となったのだった。
関連記事
スポンサーサイト



 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 拍手コメントお返事
総もくじ 3kaku_s_L.png 鍵付き記事
総もくじ 3kaku_s_L.png ★暁の煉獄
総もくじ 3kaku_s_L.png ★難攻不落の姫君
総もくじ 3kaku_s_L.png ★狂気の贄
総もくじ 3kaku_s_L.png ☆お題
総もくじ 3kaku_s_L.png 戦国BSR【※】
総もくじ 3kaku_s_L.png ミスフル【※】
総もくじ 3kaku_s_L.png アカギ【※】
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ  3kaku_s_L.png 拍手コメントお返事
もくじ  3kaku_s_L.png BKM・BGM
もくじ  3kaku_s_L.png 既刊販売案内
総もくじ  3kaku_s_L.png 鍵付き記事
もくじ  3kaku_s_L.png ★日向の娘
もくじ  3kaku_s_L.png ★情の洪水
もくじ  3kaku_s_L.png ★傾国の女神
総もくじ  3kaku_s_L.png ★暁の煉獄
もくじ  3kaku_s_L.png ★蒼月を仰いで
総もくじ  3kaku_s_L.png ★難攻不落の姫君
総もくじ  3kaku_s_L.png ★狂気の贄
もくじ  3kaku_s_L.png ★天の咆哮
総もくじ  3kaku_s_L.png ☆お題
もくじ  3kaku_s_L.png ☆短編
もくじ  3kaku_s_L.png ☆STAR SPECTACL
総もくじ  3kaku_s_L.png 戦国BSR【※】
もくじ  3kaku_s_L.png 三国志【※】
総もくじ  3kaku_s_L.png ミスフル【※】
もくじ  3kaku_s_L.png トリコ【※】
総もくじ  3kaku_s_L.png アカギ【※】
もくじ  3kaku_s_L.png 狼花【*】
【【牛猿】がまんできなくて、】へ  【【牛猿】サラリと言わないで欲しい】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【【牛猿】がまんできなくて、】へ
  • 【【牛猿】サラリと言わないで欲しい】へ