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巫子と吸血鬼 6

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連作です。
とりあえずワンクッション。














BE THERE




日光を遮る、鬱蒼と茂る深い深い森の中。
漆黒の長い髪を揺らし、青年は何を察したのか頭(こうべ)を巡らせる。
暫し一点を見据えた後(のち)、足元にある枝を徐(おもむろ)に拾い上げると、己の髪を一本抜き取り、枝に結び付け、宙に放(ほう)った。
枝はくるくると回転を始め、やがてそれは青年と同じ漆黒の髪を持つ少年の姿となる。
青年が何やら耳打ちすると、宙に浮く少年は小さく頷き、その場から消えた。
少年の消えた後も、青年がその場から動くことはなかった。
深海の如く揺らめく青緑の眸は、何処か遠くを見ているかのようだった。








 新月の夜明けにあの美しい異形の青年の下(もと)を逃げ出してから、早くも七つの月が闇を照らした。
 日輪の――太陽の昇っている間は安全だが、夜は決して気を抜けない。
 自分に対する執着の度合いが薄くなった頃を見計らって逃げたのだから、追ってこないと考えても良かろうが、万が一ということもある。
 それを踏まえて、万耶は夜、眠る際には、四方に結界を張るようにした。
 指を通して張られたそれは、何者かが触れればすぐに振動となって万耶に伝わり、危機を知らせる。
 未だそれが反応を示したことはないが、不安は残る。
 そして今宵も又、深い森の入口で暖を取り、結界を張って眠りについていた。
 だが、眠気はあるのに、何故か今夜はなかなか眠れない。
 一体どうしたのだろうかと木の幹に凭れ掛かりながらうとうとと考えていると、不意に指先に振動を感じ取った。
 はっと身を起こし、相手に気取られぬよう注意しながら結界の印を解(と)く。
 この結界、周囲の変化をすぐに察知出来る反面、印を結んだままでは結界の外側へ出られないのだ。そういう意味では、諸刃の剣(つるぎ)とも言えるだろう。
 息を殺し、万耶は少しずつ躰を木陰に移動させる。
 暗闇の中ずっと眠れずにいた万耶の瞳孔は広がり、相手が何処にいるのかすぐに判った。
 小柄な、まだ子どものようだ。
 あの青年ではない。
 ほっとした次の瞬間、小柄な影が動いたと同時に万耶は強く引っ張られた。
 声を上げる間も無く、万耶の姿はその場から掻き消えた。




「ナハト、連れて来た」
 子どもの声が聞こえる。
 何やら自分の躰が軽く感じられる。この感覚を譬えるなら……そう、まるで浮いているようだ。
「気取られた様子は?」
 聞き覚えのある、低い美声。すぐ傍で聞こえるのは何故だろう。
「んー、心配ないと思う。多分」
 彼等は一体何の遣り取りをしているのか。
 眼を瞑(つぶ)ったまま思考を回転させていると、今度は万耶の躰が回転した。
「危ないッ」
 投げ出されるように落下した万耶は、傍にあった声の主らしき人物に抱き留められた。
 差し出された腕に、万耶は思わずしがみ付く。
「マオッ、急に手を離すな」
「ごめんごめん」
 余り反省の色の感じられない謝罪である。
 投げ出された万耶は少しムッとしながら薄っすらと瞼を上げてみた。
 頸(くび)を廻して最初に見えたのは、漆黒の髪と眼の、万耶より五つか六つ程年下と思(おぼ)しき整った容貌の少年。その躰は宙に浮いていたが、先程まで眠り掛けていた万耶がその異常な事態を疑うことはなかった。
 それよりも、気になることがあった。
 ――似ている。
 あの青年に似ていると思うのは、まだ危機意識が働いている所為(せい)だろうか。
 そんな万耶の視線に気付いたのか、少年がこちらを向く。
「ナハト、起きたみたいだ」
「うん?」
「その女」
 少年がぞんざいに万耶を指差す。
 すると、万耶は長い指で顎を掴まれ、顔を上向かされた。
 己の両の眼に飛び込んできた顔に驚愕し、怖れに全身が戦慄(わなな)いた。
「いやぁッ!」
「なッ…」
 急に暴れ出した万耶に、彼女の抱え主は困惑の表情を禁じ得ない。
 だが、万耶はそれに気付かない。あることに思考を全て支配されていたから。
「離して、嫌よ、嫌ッ!」
 何故、あの青年が此処に!? そんな莫迦な!


『逃がしはしない。お前が何処まで逃げようと、地の果てまで追い駆けてやる』


 あの言葉は、真実だったというのか?
 そんな!
「――落ち着け!」
 強い一喝に、全力でもがいていた万耶はびくりと動きを止める。
「いいか、落ち着け。何があったのか知らんが、勘違いするな。俺はお前が考えている奴じゃない。俺はナハト、ナジャルハド=ヴァン=シュツェッドガルトだ」
「あ…」
 覗き込んでくる青年の眼は、血のような真紅ではなく、この森のように深い青緑(ろくしょう)。――否、違う。これは深海の色だ。
 では、この青年は一体…?
「あの…貴方は…」
「マオ!」
 青緑の眼の青年は万耶への視線を一方的に外し、宙に浮く少年を見上げる。
 蚊帳の外状態だった少年は青年の声にちらりと面倒臭げな視線を送る。
「何?」
「この周囲を中心に霧を張ってくれ」
「了解…っと」
 少年が消えると同時に、何処からともなく白い靄が広がり、あっという間に森全体を覆ってしまった。
 驚きに眼を見開く万耶の顔を、青年がじっと見下ろす。
 無遠慮な視線に気付き、だらしなく開けた口を慌てて隠す。
 その一連の動きが可笑しかったのか、青年は小さく吹き出した。
「可愛いな、お前」
「え…?」
 唐突に言われ、万耶は間抜けにも再びぽかんと口を開ける。
 その惚(ほう)け顔を見て、青年はとうとう声を上げて笑い始めた。
 万耶には、自分の何がそんなにも笑われなければならなければならないのか、さっぱり理解出来ない。
 小首を傾げる万耶を愉しげに眺めながら、青年は彼女を抱く腕に力を込める。
「お前、『何を考えているのかすぐに判る』とか、今までに言われたことがないか?」
「…」
 確かに万耶は感情を隠すのが非常に下手だ。だが何故この青年に指摘されねばならないのか。
 憤りに眉根を寄せると、青年は漸(ようや)く笑いを収めた。
「悪い。からかい甲斐があるので、つい」
 万耶は狐に包まれたように不思議に思った。
 鏡に映したように全く同じ容姿でありながら、何という違いだろう。
 あの吸血鬼の青年はこんな明け透けな物言いはしなかったし、屈託無く声を上げて哄然(こうぜん)と笑うこともなかった。
 万耶が見たことのある笑いは、いつも皮肉げで僅かに空気を揺らす程度のものだった。
 強いて言うならば、嗤笑。何処までも冷やかな作り笑い。
 この青年が陽であれば、あの青年は陰の性質だといえよう。
「お前は?」
「――え?」
「お前の名は」
「わたしの――」
「俺は先に名乗っただろう。だのに俺がお前の名を知らぬでは公平とは言えまい」
 そういえば、先程耳にしたような。だが、思い出せない。
 考え込むように面を伏せる万耶に青年はおや、という顔をする。
「はっきりとは記憶していないか。では今一度言おう。ナジャルハド=ヴァン=シュツェッドガルトだ。言い難いならば、ナハトとでも呼んでくれ」
「――『夜(ナハト)』?」
 万耶の呟きに、青年がクスリと笑う。
「そう、『夜』だ。俺にぴったりだろう?」
 夜。漆黒の闇。全てを併呑する混沌、無秩序。
 確かに今眼の前にいる青年にぴたりと当て嵌まる形容だが、万耶はもう一人、この名に相応しい者を知っている。
 この青年とあの青年とは、一体どのような関係なのだろうか。
「ナハトぉー、終わったぞー」
 不意に虚空からあの少年が現れ、ぎょっとした万耶は思わず青年の腕にしがみ付いた。
 青年は驚いた風もなく唯(ただ)頷いた。
「こいつはマオ。俺が自分の髪から作った、まあ分身みたいなものだ」
「人を指で差すな」
 少年が顔を顰(しか)めて青年の長い人差し指を叩(はた)く。
 弾かれた手が万耶の顔を直撃した。
「痛ッ」
 結構な衝撃が奔り、思わずぶつかった鼻を両手で覆う。
 ただでさえ低い鼻なのに、これでは完全に潰れてしまう。
「ああ、紅くなってしまったか。どれ」
 ひょいと顎を持ち上げられ、まじまじと顔を覗き込まれる。
 図らずも近距離で見詰め合うことになってしまい、知らず頬が染まる。
 まともに眼を合わせられず、幾度も視線を右往左往させた後、青年の美貌を視界に入れるまいと固く眼を閉じる。
 すると、鼻頭を何か柔らかなものが掠めた。なんだろうと不思議に思っていると、今度はその柔らかな感触が口唇(くちびる)に降りてきた。
 押し付けられたその感覚が一体何であるのか、今までの経験から万耶の躰は知っていた。
 そしてその後に続く、たった一度きりの、あの生々しい苦痛も。
「…嫌ッ」
 考えるより早く、万耶は反射的に青年の胸を突き飛ばしていた。
 だが、そのほっそりとした長身にそぐわない厚い胸板はびくともせず、それどころか逆に腕を掴まれ、更に胸中深く抱き込まれる。
 最後に上唇を軽く吸われ、万耶は漸く執拗な接吻から解放された。
 それと同時に、万耶は意識を失った。




 ぐったりと力なく凭れ掛かる少女を固く抱き締め、青年は苦笑と共に溜息を吐く。
「…何をしているんだ、俺は」
「全くだな」
 少年が呆れたように鼻を鳴らす。
 この少女に何があったのか定かではないが、己の容姿に恐れ戦(おのの)き、極度に怯えるところから察するに、考えられることは一つだけだ。そして、少女が何に対して怯えを抱いているのかも、大方見当は付く。
 だのに、このように心無い仕打ちをしようとは、我ながらどうかしている。
 釈然としない己に軽い苛立ちを感じながらも、腕の中で気を失ったように固く瞑目している少女を見下ろす。
 僅かに開く唇は先程の接吻の所為か艶(つや)やかに輝き、まるで口付けを請うているように見える。まだ幼さの残る顔立ちとは対照的なその妖しさに、如何しても胸がざわめく。
「…このままでは、自制が効かんかもしれん」
「ゲッ。おい、やめろ。そんな初心な生娘にまで手を出すなよ」
 慌てる少年はこの少女のことを処女だと思っているようだが、果たしてそうだろうか。
 相手があれであれば、既に喰われている可能性の方が高い。
 だが、初心であるには違いない。
「詳しい事情は、この娘が再び目覚めた時に訊くとしよう」








 嘗て吸血鬼の青年は、何時(いつ)までも愛しい人の傍にあることを望んだ。
 ――永久(とわ)に、共に。お前の傍に在りたい。
 譬えどのような形であっても、それは決して変わらない。
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