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巫子と吸血鬼 4(上)

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連作です。
とりあえずワンクッション。














Calling




いつの日からか 声が聞こえた
『どうか苦しまないで』
それは一体 誰が誰に向けた言葉だったのだろうか








 万耶が目覚めるのはいつも夜だ。
 月の光に照らし出される部屋の中は常に闇の如く黒く、暗い。
 万耶は今宵も漆黒の中、まどろみから目覚めた。
 あの闇色の青年は、万耶が起きた時いつも傍にいる訳では無い。
 彼は時折気紛れに寝台横の大窓から戻ってきては貪るように気の済むまで万耶の口唇(くちびる)を舐め取り、そして再び闇の中へと紛れていくのだ。
 あの夜以来、彼が万耶の躰を求めてくることは一度も無い。
 そのことに安堵する一方で、不思議に思うことも事実だ。
 藍色の眼を瞬(しばた)かせ、ゆっくりと上半身を起こす。
 少しばかり暗闇に眼が慣れていない為、手探りで周囲の状況を確認する。
 ふと、寝台の端を探っていた万耶の右手が、普段は存在しないさらりとしたものに触れた。
 驚いて手を引っ込めると、それにそっと顔を近付けてみる。
 幽かな月光に照らし出されるのは、長く艶(つや)やかな一房の漆黒の髪。
 黒い外套を纏った青年が、寝台に凭れ掛かるように座り込んでいた。
「あ…」
 思わず声が漏れる。
 小さく後退(あとずさ)り、青年から距離を取る。
 だがしかし、いつもなら無理矢理抱き竦めて執拗に唇を押し付けてくる筈の青年が、今は何故か手を伸ばしては来ない。
 おそるおそる近付いてみると、黒髪の纏い付く広い肩が僅かに上下し、息遣いも荒い。
 俯いた、長い前髪の間からちらと覗く整った柳眉は、苦痛に寄せられている。
 何時(いつ)に無い弱った様子に、万耶は急に不安になった。
 一体どうしたのだろうか。何か病でも患っているのだろうか。
 一般に、吸血鬼一族は太陽と聖職者以外に憂いは無いとされている。
 だが、今の青年のこの様子を見る限り、その定説は当て嵌まらない。
「あ……の……」
 おずおずと肩に触れると、青年の躰がびくりと強張る。
 驚きに万耶がはっと手を引くより早く、青年に手首を掴まれる。
 青年は掴んだ掌(てのひら)を己の頬に押し当て、ほうと息を吐いた。
 押し当てられた掌を通じて感じる異様な熱さに、万耶は息を呑む。
「…お前の手は、今のわたしには丁度良い。暫くこのままで…」
 荒い息の下(もと)、青年は緋色の眼を細めてにやりと笑う。しかし、その不敵な笑みにも僅かな苦痛と無理が見え隠れする。
 漆黒の影に縁取られた、普段は透き通るように白い頬が、今は少し赤味を帯びている。明らかに人間と同じ発熱の症状だ。
 暫し躊躇った後(のち)、万耶はきっと眉を引き絞って寝台から降り、青年の前に膝を突いた。
 手を掴んだまま僅かに眼を見張り、青年が不思議そうに美麗な面を上げる。
「……横になった方が、いいのでは…」
 青年がくすりと笑った。
「わたしを、心配しているのか?」
「――」
 明確な返答はしない。その代わり、握られた手を振り払い、いつまでも座り込んだまま動こうとしない青年の腕を掴んで立ち上がらせようとする。
 しかし、青年はそれをやんわりと押し留め、緩慢な動きで自ら立ち上がった。
「大丈夫だ。自分で立てる」
 寝台に腰を降ろし、先程まで万耶が横になっていた場所に仰向けに倒れ込む。
 いつもと変わらない傲慢な態度を取ってはいるものの、苦しげに歪む美貌と荒い呼吸が全てを覆す。
 ほっと息を吐き出し、水を探しに行こうと起き上がる。
 すると、今まで薄く閉じていた眼を開き、不意に青年が万耶の腕を掴んだ。
「何処に……行(ゆ)く気だ?」
 月光に照らし出されて輝く緋色の切れ長の双眸が冷然と万耶を見据える。
 掴んだ手を邪険に振り払う訳にもいかず、困惑に黙り込む。
「わたしから、逃げようとしたのか?」
「…え?」
 皮肉げに口元を攣り上げ、青年はもう片方の手で万耶の肩を掴み、無理矢理万耶の顔を己の方へ向けさせる。
 青年の顔に覆い被さるように引き込まれ、万耶は驚愕に眼を見開く。
「逃がしはしない。お前がどれ程遠くへ逃げようと、地の果てまで追い駆け、この腕に捕えてやる」
 凄絶な光を両眼に宿し、万耶の唇に喰らい付く。
 いつの間にか後頭部に回された手に顔を固定され、この激しい接吻から逃れることが出来ない。
 ひとしきり放恣に唇を貪り、漸く解放した後も、青年は万耶を離そうとはしなかった。
 そんな青年の腕(かいな)から僅かに顔を出し、万耶は青年の視線から隠すように唇を拭う。
 逃げる気など、犯されたあの時に既に消え失せている。否(いな)、違う。最早逃げようが無いのだ。
 胸中で嘆息し、万耶はそっと真上にある秀麗な容貌を見上げる。
「逃げようとした訳では……ただ、水を取りに行こうと…」
「――水?」
 怪訝そうに呟き、青年は額に掛かる長い前髪を鬱陶しげに掻き揚げる。
 徐(おもむろ)に虚空に左掌を翳し、低い声で何やら唱えた。
 すると、ボコボコという水音と共に、灰色の絨毯の敷かれた床から水が湧き上がる。
 あっと驚きの声を上げる万耶に、青年は突如として出現した泉を気(け)だるげに顎で小さく指し示す。
「水が欲しいんだろう? 早くしろ。今のわたしではものの数秒も保たんぞ」
 万耶は青年の腕から飛び退き、寝台横の机上に置かれた玻璃(ガラス)製の水差しを掴み、裾を濡らさぬようそっと泉の近くに近寄り、清水を掬う。
 水差しが一杯になったと同時に、綺羅と揺らめく水面(みなも)はそこから跡形も無く消え去った。しかし、今眼の前で起こった現象が嘘でない証拠に、万耶の持つ水差しの中で水が満々と月光の透明な光を反射している。
「此処には水脈が一本も通じていないからな、これぐらいが限界か」
 己の力不足を厭うように、青年が忌々しげに舌打ちする。
 だが、驚愕に支配されている万耶の耳に、その呟きが入ってくることは無い。
 ――吸血鬼とは、妖しの技を以って古の地上を支配せしめし麗しき異形の者なり。
 幼い頃から叩き込まれてきた常識。だが、『妖しの技』が一体何なのかは判らなかった。
 でも、と万耶は心の中で続ける。
 『妖しの技』とは、風・水・地・火・土の五元の力によって示現される巨大な異能力。
 彼(か)の黄金(きん)の魔女が言っていた、異能の者にのみ継承される強大な力。
 太古、人間もその力を所持していたと云われているが、それも絶えて久しい。
 その力が今、眼の前で具現されたのだ。
 これが驚かずにいられようか。
 万耶は暫く消えた泉の辺りをじっと見詰めていたが、やがて水差しの水を別の陶器に移し替え、己の衣の裾を引き裂いて浸した。
 水を含んだ切れ端をよく絞り、寝台に横たわる青年の長く艶やかな黒髪を掻き分け、そっと額に乗せる。
 心地良いのか、緋色の眼を閉じ、青年は溜息を付いた。
 最初に見たときよりも、呼吸が僅かに緩やかになっている。
 ほっと安堵の息を吐き、青年の傍の床に腰を降ろす。
 眠ってしまったのか、青年は瞼を閉じたまま動かない。時折、呼吸の為に胸が上下に動くのが判る。
 改めて青年の容貌を覗き込み、その余りの端正さに万耶は思わず感嘆の溜息を付く。
 意志の強さを示すようにきりりと引き絞られた柳眉に、艶やかな長髪と同じ漆黒に縁取られた長い睫毛。あの血の如く鮮やかな緋色の双眸は、今は伏せられて見えない。
 涼やかな目許からすっきりと通った鼻梁に、緩く弧を描く頬。形の良い少々薄めの朱鷺色の唇からは時折白く尖った二本の犬歯が現れる。
 肌は飽くまでも白く、そしてそれは決して病的な色では無い。
 長い射干(ぬば)玉の黒髪は、まるで上質の絹の如く滑(なめ)らかにさらさらと手から零れ落ちる。余りに滑らか過ぎるので、一つに纏めることしか出来ないのだとぼんやりと思う。
 将(まさ)に、天の創りし極上の美。人間が、決して持つことの叶わぬもの。
 異形の者故の、妖しいまでの美しさ、麗しさ。
 そして、己の意のままに操ることの出来る強大な力を持ち、その気になればすぐにでも全世界を手に入れることも可能であろう、溢れる異能の持ち主。
 そんな彼が、何故自分のようなさしたる取り柄も無い人間の小娘を傍に置きたがるのか。
 嘗て愛した女性(ひと)の面差しを幾分か持っているということを差し引いても尚、余りある疑問。
 彼が求めているのはその女性(ひと)であって、『万耶』という名のちっぽけなつまらない少女ではないのだ。
 そう思うと、何故か無性に哀しくなる。虚しくなる。
「どうして、あの時わたしを殺してくれなかったの――?」
 こんな訳の判らない苦しい感情など、知りたくはなかった。それに悩まされる自分自身も又、唯々(ただただ)厭わしい。疎ましい。
 只管(ひたすら)神に額付き、敬い、祀り申し上げる――そんな平穏な、だが何の不安も無いまるで微温(ぬるま)湯にでも浸っているようだった過去が、今となってはなんと得難い日々だったことか。
 だが、それも今となっては遥か彼方、泡沫(うたかた)の夢。全て幻の如く消え去った桃源の世界。
 もしも今、この眠り続ける青年から逃れて街に戻ったとしても、もうあの何も知らなかった、唯(ただ)一心に神のことのみを考えていた頃の自分には戻れないだろう。
 あの無垢な心は、二度と甦りはしないのだ。
 こんなにも己を変えてしまった青年に恨みとも怒りともつかない感情を燻らせながら、万耶は眼を見開いたまま啼泣した。
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