「未分類」
ゴミ箱

巫子と吸血鬼 2

 ←巫子と吸血鬼 1 →巫子と吸血鬼 3(上)
連作です。
途轍もない不出来具合につき、ひとまずワンクッション置きます。














満月よ照らせ




深夜。街は漆黒の闇を纏い、夜の帳(とばり)が開かれるその時をじっと待っている。
そんな中、唯一天(そら)に浮かぶ望月だけが紅い光を放つ。
その細い一条の月光に照らし出されるのは、闇色の長身の青年。
無造作に頸(くび)の後ろに束ねられた長い黒髪が、風も無いのにゆるりと舞い上がる。
緋色の月を見上げるその容貌は氷の如く冷やかで、そして清冽なまでに美しい。
青年は切れ長の真紅の眼を僅かに細め、整った口元を歪めた。
紅(あか)い口唇(くちびる)から微かに覗くのは、白く尖った二本の犬歯。
全身に黒い外套を纏う青年は、その黒い恰好さながらの闇の中に、まるで溶け込むように消えていった。








 ――万耶。
 誰かに呼ばれたような気がして、すっと躰(からだ)に意識が戻る。
 浅い眠りの淵をゆらゆらと漂っていた万耶は、小さく身動(みじろ)ぎした。
 堅く閉じていた瞼を薄く上げ、深い藍色の眼に周囲の様子を映し出す。
「此処……?」
 見たことの無い豪奢な装飾。滑(なめ)らかな壁に規則的に並ぶ、幽かな蝋燭の明かり。
 空に浮かぶ紅い月の光が、何処からとも無く辺りを照らし出す。
 そこは黒一式で調えられた、広々とした部屋の中だった。
 上体を起こし、周囲に眼を遣ると、部屋の奥に取っ手の付いた扉があった。
 ずり落ちるように寝台から床の上に降り、憑かれたように扉へと歩を進める。
 取っ手を右手で掴もうとしたその時、背後で突如戸の閉まる音がした。
 はっと振り返ると、寝台横の大窓が開き、紅く照らし出された闇色の青年が立っていた。
「あ………」
 緋色の眼と視線がぶつかり、震えが奔った。全身が恐怖に凍り付く。
 怯える万耶に口元だけで小さく笑い、青年がゆっくりと近付いてくる。
 反射的に背を向け、取っ手を両手で強く握り締め、幾度も押し引きするが、扉はガチャガチャと騒がしい金属音を立てるだけで開くことは無い。
 焦りが全身を支配する。
 このままでは、捕まってしまう!
 ふわりと背後の空気が動き、万耶は黒い外套の中に攫われた。
 両手が握り締めた取っ手からするりとすり抜ける。
「――逃げようと、したのか? 万耶」
「………は、なし、て……」
 胸に押し付けられ、息が出来ない。
 息苦しさから、必然、声も小さくなる。
「苦し……も…離して」
 万耶の切れ切れの懇願に何も言わず、青年は腕を解いた。
 床に座り込んで咳き込む万耶の肩を掴み、もう片方の手で顎を持ち上げる。
 否応無く青年の顔を直視することになり、万耶は恐怖に震える。
 緋色の眼を輝かせ、青年がクッと口元を攣り上げる。
「わたしが、恐ろしいか?」
 何も答えられない。唯震え続けることしか出来ない。
 薄い笑みを貼り付けた酷薄な唇が、震え、戦慄く万耶のそれに激しく押し付けられる。
 もう幾度となく為された、何処か血の匂いのする接吻に、気が遠くなりそうになる。
 ひとしきり口腔を蹂躙された後、漸く解放される。だが、背に回された腕の力が緩められることは無い。
「離しはしない。お前はわたしのものだ」
 青年はぐったりと顔を伏せる万耶の茶こけた髪に唇を落とし、長い指で梳く。
 指先の長く伸びた綺麗な朱色の爪を見、万耶はあの惨状を思い起こす。
 千昴(ちほ)――万耶の、今生でたった一人きりだった肉親。美しい異母妹(いもうと)。
 黄金(きん)の眼と髪を持っていた彼女は、この爪で引き裂かれ、喰い千切られた。
 彼女の喉元から流れ続ける血の緋色が、今も脳裏に焼き付いて離れない。
 あれからそう経っていない筈なのに、何故か遠い昔のことのようにも感じられる。
 万耶は己の髪に口付ける、彫刻の如く冷やかで美しい青年を前髪の間から覗き見る。
 その僅かな視線に気付いたのか、青年が万耶の顎を片手で持ち、上向かせる。
「……どうした?」
「何故、わたしを――」
「何故わたしがお前を殺さなかったか、その理由が知りたいか」
 返事をする代わりに、青年の手の中、小さく頷く。
 緋色の眼がふと遠くを見るように虚空を見詰め、懐古の念を宿す。
「――何百年か前、わたしは二世を共にと願った想い人を同胞(とも)に殺された。あれは……倭子は、街を護る巫子(みこ)だった」
 倭子、という言葉に、万耶はぴくりと頬を強張らせる。
 嘗て国一の巫子と讃えられた伝説の護り人・倭子。
 彼女がその命を懸けてまで護り抜いた万耶の街において、その名は禁句だった。
 ――神にのみ仕える身でありながら、異形の男と姦通した咎人。
 それが、万耶の街に伝えられている倭子という人物に関する全てだった。
 では、彼女が通じたという相手は、眼の前にいるこの紅眼異形の青年なのか?
「我が一族は聖職者との接触を極端に厭う。過去、その所為(せい)で一族手ずから粛清された者もいる。だが、わたしは巫子である倭子に出逢い、彼女を愛した」
 いつもの残酷で冷えた色では無く、何処か柔らかな光を眼に宿し、青年が僅かに口元を緩める。
「突っ撥ねられ、幾度も封じられそうになった。それでも諦め切れなかった」
「………」
 伝承とは、全く異なる真実。
 倭子は決して姦通してはいなかった。彼女は飽くまで己の役目を忠実に全うしようとしていたのだ。
「そんな折だった、同胞があれの存在を知ったのは。わたしが誑かされたと思い込んだ同胞らは、数人の一族の者と共にあれの護る街に乗り込んだ」
 街の――国史にさえ記録されている、人間の過去最大の危機。三日三晩続いたという『血の惨劇』。
 それは、史上最強と謳われた若き巫子の最大にして最期の戦い。
「押し込められた一族の牢獄を破り、駆け付けた時には既に遅かった。あれは同胞の爪で心臓を抉られ、喉を引き裂かれ、無残な姿を晒していた」
「……酷い」
 想像を絶する恐ろしい凄惨な場面描写に、一気に血の気が引く。
 彼女は、一体どのような思いの中、死んでいったのだろうか。
「その骸を抱き抱えた時、心底後悔した。何故彼女を愛してしまったのか、何故想いを断ち切ることが出来なかったのか――とどれ程、己を罵倒したことか」
 明かされることの無かった、誰も知り得なかった事実。その衝撃的過ぎる真実は万耶の思考の許容範囲を遥かに超えていた。
「揚句の果て、姦通したなどという不名誉な烙印を後世にまで残してしまった。そのような事実は何一つ無かったというのに…!」
 氷のように冷えた青年の美貌に、初めて激しい感情が宿る。
 万耶は何も言えなかった。
 倭子の死んだ後……何百年という長い歳月を、この青年は慙愧の念に耐えながらたった一人生きてきたのだ。だとすれば、徒人(ただびと)に過ぎず、まして十八年しか生きていない自分には到底想像も付かない、それはどれ程の苦痛だろうか。
 湧き上がる感情を押し殺すかのように閉じられ、再びその緋色の双眸が開かれた時、既に青年の美貌は冷めたものに戻り、何の想いも感じられなかった。
「それからあれを手に掛けた同胞や一族を尽く殺し、遂に一族の中で生き長らえるのはわたしだけとなっていた。だが……どうしても諦めが付かない」
 どこか惚(ほう)けたように呟き、青年は万耶の眼を覗き込むように頬に手を遣る。
「あれは底の見えない、お前と同じ深い藍の眼をしていた。確か、年齢(とし)もお前とそう変わらなかったか。そう、何もかも同じ――だから連れ去った」
 言い終わるか終わらないかで、再び唇を塞がれた。
 それは、万耶の唇にされていながら、決して万耶にされた接吻ではなかった。
 気が付けば、両手首を掴まれたまま寝台に組み伏され、纏っていた衣を全て剥ぎ取られ、生まれたままの姿になっていた。
 抵抗する間も無く、悲鳴一つ上げられず、万耶は青年の激情の渦に呑まれた。

「万耶、愛しいわたしの――」
 荒々しく激しい青年の下(もと)、幾度も責め立てられながら、万耶はそんな呟きを聞いたような気がした。







 胸元に鋭い細剣が繰り出される――否、剣では無い。それは長く伸びた爪だ。
 左右からの攻撃に気を取られていた為、躱すのが一瞬遅れた。
 深く突き刺さった爪が、拍動を刻む心臓を抉り出す。
 男の高笑いが聞こえる。その声に向かって匕首(あいくち)を投げ付けると同時に、躰から一気に力が抜けた。
『こ…んなところ、で…死ぬ訳にはいかない。わたしは……再び転生してみせる……必、ず』
 膝を突くと同時に、とどめとばかりに左右から喉元を掻っ切られた。
 ゆっくりと躰を前に傾がせながら、ふとあの奇妙な青年のことを思い出す。
 究極の対極線上にある、宿敵ともいうべき己に愛を囁き掛けた青年。
 幾度足蹴にしても、あの紅い眼に湛えられた恋情が消えることは無かった。
 何故、これ程に思い出されるのか。
 こんな時に何を考えているのかと自嘲するが、気に掛かるのは事実。
 彼の存在が、いつの間にかこんなにも大きくなっていたとは。
 だが、今更気付いても、もう遅い。
『いずれ、別の世で…』
 そして、血溜まりの中に完全に身を投げ出し、静かに眼を閉じた。






 眼覚めと同時に、突き刺すような激痛が奔った。
 青年の姿は既に無く、万耶は寝台の上に一人横たわっていた。
 青年が着せたのだろうか、万耶はきちんと衣を纏っていた。だが、あれは決して夢幻などではない。
 下肢に走る痛みと共に寝台に付着した自身の紅い染みに気付き、月光に照らされた万耶の頬が朱に染まる。
 為すがまま貞節を奪われた情けなさと悔しさに、きつく唇を噛み締める。
 一頻(ひとしき)り激痛に耐えた後、あの奇妙な光景と思念とを思い起こす。
 青年の話からすると、思念の主は倭子、そして長い爪で心臓を抉ったのが彼の同胞だろう。そんな気がする。
 だが、何故そんなものが脳裏に浮かんだのか。
 まるで、自分が倭子だったかのように思えるのは何故だろうか。
 気が付けば、透明の液体が頬を伝い、無造作に纏わされている裾を濡らしていた。
 月明かりがぼんやりと映し出す部屋の中、膝を抱え、肩を震わせながら、自分でも判らぬままに、万耶は泪(なみだ)を流し続けた。


 数百年の時を越え、己の内に再び甦った思惟に、万耶はひとり啼泣する。
 遠い昔の己の死を悼むかのように…
関連記事
スポンサーサイト

 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 拍手コメントお返事
総もくじ 3kaku_s_L.png 鍵付き記事
総もくじ 3kaku_s_L.png ★暁の煉獄
総もくじ 3kaku_s_L.png ★難攻不落の姫君
総もくじ 3kaku_s_L.png ★狂気の贄
総もくじ 3kaku_s_L.png ☆お題
総もくじ 3kaku_s_L.png 戦国BSR【※】
総もくじ 3kaku_s_L.png ミスフル【※】
総もくじ 3kaku_s_L.png アカギ【※】
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ  3kaku_s_L.png 拍手コメントお返事
もくじ  3kaku_s_L.png BKM・BGM
もくじ  3kaku_s_L.png 既刊販売案内
総もくじ  3kaku_s_L.png 鍵付き記事
もくじ  3kaku_s_L.png ★日向の娘
もくじ  3kaku_s_L.png ★情の洪水
もくじ  3kaku_s_L.png ★傾国の女神
総もくじ  3kaku_s_L.png ★暁の煉獄
もくじ  3kaku_s_L.png ★蒼月を仰いで
総もくじ  3kaku_s_L.png ★難攻不落の姫君
総もくじ  3kaku_s_L.png ★狂気の贄
もくじ  3kaku_s_L.png ★天の咆哮
総もくじ  3kaku_s_L.png ☆お題
もくじ  3kaku_s_L.png ☆短編
もくじ  3kaku_s_L.png ☆STAR SPECTACL
総もくじ  3kaku_s_L.png 戦国BSR【※】
もくじ  3kaku_s_L.png 三国志【※】
総もくじ  3kaku_s_L.png ミスフル【※】
もくじ  3kaku_s_L.png トリコ【※】
総もくじ  3kaku_s_L.png アカギ【※】
もくじ  3kaku_s_L.png 狼花【*】
【巫子と吸血鬼 1】へ  【巫子と吸血鬼 3(上)】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【巫子と吸血鬼 1】へ
  • 【巫子と吸血鬼 3(上)】へ