「★狂気の贄」
第二章 花と贄

狂気の贄 08

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08 海の青を映しこむ眸




 気を失った巨躯の下からようやく抜け出せた時、日はとっぷりと暮れ、辺りはすっかり暗くなっていた。

 要らぬ労力を費やされ、めっきり気分を害した修記郎はもうこの場を離れる気にもならず、どうとでもなれ――と半ば自棄やけになって開き直る。
 邪魔だとばかりに肩に垂れ下がる鍛えられた腕を払い落とすと、腹立ちのまま乱暴に青年の身体を小屋の中に引きずって入った。






 自身が普段寝台代わりにしている麻布の上に青年を無理やり寝かせた修記郎は、チロチロと弱い火の残る竈の前に戻り、中断していた夕食作りを再開した。
 予期せぬ闖入者の出現で大幅に時間を喰ってしまったため、いつもより手早く山菜を刻み、急ごしらえであつものを作っていると、小さな呻き声があがった。


「…ぅ…」


 気がついたか。


 耳聡く聞きつけた修記郎は、目線だけ動かして青年の覚醒を確認する。
 不測の事態に備えて、完全には背を見せない。


「……ぁ、れ……? おれ、何でこんなところに……」

「無理はするな。まだ寝ていろ」

「ぇ?」


 独り言に返答があったことで、青年はようやく修記郎の存在を認知したようだった。


 輝く黄金の睫毛にふち取られた深海のごとき青い碧眼と、混沌とした闇色の漆黒の双眸とが、宙で交わる。


「…!」


 ごくり――と、青年が生唾を呑みこんだのが判った。
 魅入られたように動かないその視線を見据えるように、修記郎も眼をそらさない。



「――」

「……」



 ――ピンと張りつめた空気を押しやり、沈黙を破ったのは青年のほうだった。


「――きみは…この山の守護者か?」


 …何を言い出すかと思えば。


 修記郎はピクリと引き攣りそうになる頬をこらえ、無表情を貫く。


「いいや」
「では、噂に聞く天人?」
「違う」


 続く否定に首をかしげる青年を横目に見遣り、羹をよそう手を休まず動かす。

 大方、ここにたどり着く前に頭でも打って、少し正気を失っているのだろう。
 そう判断してまともに取り合わない。


「じゃあ、世捨て人…、なのか?」


(しつこいな)


 ついには答えることすら放棄し、上体を起こした青年に椀と箸を差し出した。


「少々味つけに乏しいかもしれんが、冷めるまえに啜るといい。温まるぞ」
「…これはどう使うんだ」
「――? …ああ、匙のほうが入り用か。取り替えよう」


 木匙を受け取ると、青年は指先まであたためるようにじんわりと熱を帯びた椀を両掌で包み持ち、深く青い眼でじっとこちらをみつめてきた。
 視線が合うと、柔らかく笑う。


「…きみは不思議な人だ」
「…」


 修記郎は何も言わない。
 邪気のない微笑みを浮かべる青年を、無言で見やるのみだ。

 そんな不愛想な態度にも、青年は気にする風もなく「ありがたくいただくよ」と一言言うなり、よく冷ましもせず、もうもうと白い湯気の立つ羹に勢いよく口をつけた。
 当然のことながら、すぐに涙目になって、熱さで真っ赤になった舌を出す。

 ――単に落ち着きがないのか、それとも考えが足りないのか。
 後者だとすれば、どう少なめに見積もってもとうに成人済みであろう完成された屈強な体躯と、まだ若いだろうに、すでにいくつもの人生の荒波にもまれたような痕跡の色濃く刻まれた精悍な容貌とがあいまって、余計にアンバランスさが際立つ。

 しっくりこない、ちぐはぐな印象。
 それが尚のこと、青年の得体の知れなさを増幅させる。


(それとも、意外に頭のほうは弱いのか?)


 探るような修記郎の疑惑のまなこになどまったく気づかぬ様子で、青年は暢気のんきに羹との格闘を続けている。
 木匙の窪みに載り切らなかった具を椀の中に落とし、はねた高温の汁を高い鼻梁に受けて「熱い」と悶絶している姿を見ていると、真面目に考えをめぐらせている自分が無性に莫迦莫迦しく思えてくる。


「…」


 …未だ、遭難者を装った近衛騎士なのではないか、との疑念が完全に晴れたわけではなかったが。
 それについて考えるのは、食事を終えてからでも遅くはあるまいと思うことにする。


 自分用に新たによそった羹を少量ずつすすりながら、

 妙な拾いものをした

 と、肚の中でぼやいた。
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